京都府・尊勝院「神々しき地蔵尊の巻」

千本釈迦堂を後にし、京都国立博物館へ「南山城の古寺巡礼展」をじっくりたっぷりと見た後は尊勝院へ向かいました。

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尊勝院は、保延年間に陽範(ようはん)阿闍梨が比叡山横川に尊勝坊を開創したことに始まります。
陽範阿闍梨が横川般若谷に祀られていた元三大師の宝前で修法祈念し霊験を得たことにより、法皇から「尊勝」の号を賜ります。
その後青蓮院三条白川坊の裏に移されたと伝えられています。
応仁の乱により荒廃するも文祿年間に豊臣秀吉によって本堂が再建されます。大正4年には寺地が現在の地へ移転され、その際、建物は本堂のみが移されました。

青蓮院に属するお寺で天台宗。
ご本尊は元三大師、堂内には青面金剛像を祀り「不見、不聞、不言(みざる、きかざる、いわざる)」のいわゆる三猿像があります。

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今回の特別公開ではご本尊のお厨子と地蔵菩薩立像、通称「米地蔵(よねじぞう)」のお厨子が開扉されています。
注目は米地蔵と呼ばれる地蔵菩薩立像で、この像は元は金蔵寺(こんぞうじ)の本尊として祀られており、慈覚大師の御作とも慈覚大師が唐より請来した尊像とも伝えられています。
平安時代後期と思われる作で、量感ある体躯に見事な彩色が残ります。
尊容は摩滅や剥落などでなかなか表情が読み取れませんが、それがかえって霊験を高め神々しい雰囲気を感じさせます。


「昔、粟田の地に貧しい女がいた。その女は熱心に境内の地蔵様にお参りをしていた。貧しさが極まったとき、お地蔵様が米俵を担いで現れ女を救った。」
それ以来、この地蔵様を拝めばお米に困らないと進行され米地蔵と呼ばれるようになりました。

尊像の写真はLINK先へ





尊勝院(そんしょういん)
京都府京都市東山区粟田口 三条坊町70
TEL : 075-541-4574
駐車場 : 無し









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仏像の美しさに感動して以来、ひたすらに仏像拝観に明け暮れる三十路街道を走る男の拝観日記。
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僕自身が見て感じた仏像観を記していますので美術史的、仏教学的に誤っていることが多々あると思ので、その時はご教授ください。



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