奈良県との県境、京都府精華町の佛を巡る速報の巻き

9月の終わり、京都と奈良の県境に位置する精華町の仏像をお参りしてきました。
山城地域と呼ばれるこの地は仏像の密集する場であり、仏像好きには是非とも訪れて頂きたい地域です。


京都府山城広域振興局さんのHPによると、

”山城地域は、京都府の南部に位置し、宇治市・城陽市・ 向日市・長岡京市・八幡市・京田辺市・木津川市・大山崎町・久御山町・井手町・宇治田原町・笠置町・和束町・精華町・南山城村の7市7町1村からなり、
京都・奈良・大阪を結ぶ歴史文化軸上に展開する歴史的文化地域で、京都市・大阪府・奈良県・滋賀県・三重県に接し、近隣の大都市との交流が活発

長岡京や恭仁京の都跡、平等院や石清水八幡宮、浄瑠璃寺、岩船寺など京都・奈良・大阪を結ぶ歴史文化軸に展開する豊富な歴史的文化遺産、淀川三川合流域や周辺を丘陵・山地に囲まれた豊かな自然など、数多くの観光資源、テーマ性のある地域資源に恵まれており....”

などと明記されており、その文化交流の密な場であったことを知らしてくれます。
巡りがいのある、非常に面白い地域であることは間違いありませんね。




前置きが長くなりましたが、この日巡ったのは5ヶ寺。
順を追ってご紹介したいと思います。



まず最初に訪れたのは精華町 観音寺。
こちらには町指定文化財の十一面観音菩薩立像が安置されていますが、その他にも周辺の廃寺になった寺院から寄せられた仏像がいくつか安置されています。
岡本寺の本尊であった聖観音菩薩立像もその一つ。
他にも不動明王像や愛染明王像など。

ご本尊の町指定文化財 十一面観音菩薩立像は厨子に安置され通常は公開日(施餓鬼会)が決まっているそうですが、今回はご縁を頂きました。
両の腕は後補で、他にも後補部分は多いそうですが平安期の魅力を多分に伝える美しい観音様でした。



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続いて精華町 安楽寺。
こちらもご本尊が町の文化財に指定された方で、阿弥陀如来坐像。
平安後期の定朝様を見せる方。
ふっくらとされた頬と伏し目な双眸が阿弥陀様っぽさ全開。



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また右脇には無指定の鎌倉時代 阿弥陀如来立像が。
頭部の感じから鎌倉中期から後期の方なのかな。
光背が美しく、尊容も凛々しく素敵佛。



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次に予定していたお寺まで時間が空いたので急遽 井手町の西福寺へ。
前回の記事でUPしたばかりですが素敵な観音様がいらっしゃるので再訪してきました。
何度見ても素敵な観音様で魅入ってしまいますね。
下から仰ぎ見る美しいお顔に癒されるわけです♪


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お昼を済ませ、予定の時間が来たので向かったのは若王寺。
本堂に町指定文化財の阿弥陀如来坐像、大師堂には重要文化財指定の智証大師像が安置されています。
まずは本堂でご本尊阿弥陀如来坐像をお参り。
平安時代の阿弥陀像で、やや上を向き胸を張りながらも、なだらかな肩からのラインが優しい優美なお方。
江戸期の脇侍も素晴らしい。


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大師堂には智証大師像のほかにも千手観音や不動明王、薬師、毘沙門天、そして不思議な魅力を持った十一面観音坐像も。

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最後に向かったのは如来寺。
こちらも同じく町指定文化財の十一面観音菩薩立像。
後補の補われた部位が非常に多い像ですが、美しいお姿を存分に感じされてくださる観音様でした。
他にも阿弥陀様や不動明王、地蔵菩薩など全ての尊像がお厨子に収められ大事に守られている様子が見て取れました。


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詳細記事はまた追ってUPしていきたいなと思いますがいつになるかは分かりませんが頑張ります(笑)
山城地域の凄さは本当に凄いですね。
まだまだ伝えきれない佛は数知れず。
これからもガンガン巡っていきたいと思います。










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京都府・西福寺「優しさに包まれる 平安一木造りの聖観音菩薩像の巻」

京都府綴喜郡井手町。

JR奈良線 玉水駅から西へ徒歩圏内に井手町最古の仏像である、平安期の観音像を安置する西福寺があります。
お参りをお願いしていた時間より幾分早く到着しましたが、快く迎え入れて下さり、平成に再建された新しい本堂の町指定文化財となる聖観音菩薩立像を拝観させて頂きました。



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平成に再建された山門

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同じく平成再建の本堂



本堂へ入りまず目に飛び込んできたのは色彩鮮やかな智拳印を結ぶ金剛界大日如来坐像。
お堂を新しくされた際に、もともと本尊としてお祀りされていた阿弥陀如来立像では小さく合わないという事で、大日如来像を造像されたということでした。
脇には元本尊の鎌倉期 阿弥陀如来立像。そして同じく鎌倉期の十一面観音菩薩立像。



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本堂内陣


お目当ての聖観音菩薩立像は本堂向かって右手の一番奥にひっそりと佇まれています。
側へ近づかせていただき、そのお姿を目にした瞬間の感動は非常に大きなもので、その慈愛に満ちた本当に優しいお顔に吸い込まれるように魅入ってしまうのでした。



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内陣右手

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聖観音菩薩立像 町指定文化財 一木造り 平安時代中期 像高111.5cm


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美しく慈悲深いお顔

ご住職からは、立った状態での目線としゃがんだ状態からの目線では観音様のお顔が変わると教えていただき、立ったりしゃがんだりを繰り返しお顔の違いを確認。
ご住職が仰られるように、たしかに見上げるように拝するお顔は目尻が下がり、より優しいお顔に見えました。
非常に大きな耳も優しさを増す要因になっているような気がしますね


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仰ぎ見る尊容

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目尻が下がりより優しさを増す


衣紋の表現も大袈裟なものはなく、尊容に合った静かな表現で、足元に刻む翻波式衣紋も浅く穏やかなものでした。
腰のくびれも美しく非常に優美な方でいつまでも眺めていられます。
しかし、横からお姿を拝むと腰周りから太ももへかけての太さが際立ちます。
正面からでは細く柔らかに見えていた腰つきが、横からではさすが平安一木というどっしりとした量感を感じることが出来ます。



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柔らかな翻波式衣紋

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量感あるお尻から腿の太さ

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大好きな平安の髻


聖観音菩薩といえば、通常は右手を下げ、左手に蓮華を持つ姿が多く見受けられると思いますが、この方は逆手となっています。
修復の際に変わったのか、日光月光だったのか。分かんないけど。
腕部分は後補だということで、大きな後補もあってか町指定の文化財止まりだとか。
京都ではなく地方にいらっしゃれば町指定では有り得ないなぁと感じながらお姿を眺めるのでした。



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文化財看板




堂内には他にもたくさんの仏像が安置され、見所はたくさん。
お参りされる際にはぜひ時間を多めに見積もることをオススメします。
聖観音菩薩立像の横には美しい阿弥陀如来坐像に、幼さもありながら凛々しい大日如来坐像。
本堂左手には不動明王立像、不動明王坐像に役行者像。
更には薬師三尊に十二神将という目白押しぶり。
素人目には時代の選定は出来ませんが、平安や鎌倉の匂いも感じるような素敵佛であるように思いました。
諸仏に関してはまたいつか記事にしたいと思います。



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本堂左手 不動明王郡

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本堂左手 薬師三尊&十二神将




 

参考にさせて頂きました
西福寺 HP
井手町役場HP





遍照山 西福寺(さいふくじ)
京都府綴喜郡井手町大字井手小字柏原73
TEL : 0774-82-2427
宗派 : 真言宗智山派
御本尊 : 大日如来
拝観 : 要予約
拝観料 : 志納
駐車場 : 有り









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京都府・阿弥陀寺「霊威あふれだす圧巻の薬師如来像の巻」

2015年10月、京都府城陽市の阿弥陀寺をお参りしてきました。(先の記事 法雲寺と同日)
このお寺には2体の文化財指定された仏様がお祀りされていて、1体は本堂に安置される御本尊 鎌倉時代 阿弥陀如来坐像。
もう1体は収蔵庫に安置された平安時代初期の薬師如来立像です。


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まず案内されたのは収蔵庫。
この阿弥陀寺はもとは地蔵院といい、専順和尚が真言宗の寺として創建。
江戸時代に浄土宗に改め、明治12年、付近にあった3寺と合併して現在の阿弥陀寺となったそうです。
そして、案内された収蔵庫にいらしゃる重要文化財に指定された薬師如来像は、すぐ近くの枇杷庄天満宮社 神宮寺薬師院の本尊として祀られていましたが、明治の神仏分離令により薬師院は廃寺となり、阿弥陀寺へ移されました。



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平安時代初期像 薬師如来立像。
像高は95.1cm。
1mに満たない像から発せられる圧力は小像とは思えないものがあります。
ヒノキ材より彫り出された檀像風の一木彫像で、内ぐりを施さず台座中央の蓮肉まで一木造り。
彩色のない素地像とする説や、僅かに残る衣紋部や唇などの色彩を当初のものと考え檀像風に造り上げた彩色像とする説があるそうです。


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薬師如来立像 重要文化財 ヒノキ材 一木造り 増高95.1cm 平安時代初期


体幹部の太さ、衣紋の彫り口の鋭さ深さは平安初期像を如実に思わせ、一木造りの圧力が波のように押し寄せます。
左腕の巻き込むように流れていく彫り込みや、腹部から脚部へのY字に刻まれる衣紋。
随所に刻み込まれるように見られる翻波式衣紋は本当に見事で、この衣紋表現だけで魅入ってしまう魅力を持っています。


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上腕から流れ落ちる、腹部からY字に流れる衣紋


そしてこの像を何よりも特別なものにしているのはその尊容でしょう。
非常に厳しい尊容で、もとは枇杷庄天満宮社 神宮寺の本尊であった、神仏習合佛であるという霊力がひと目で見て取れる怖さ。
奈良時代から平安初期に見られる、霊木からの一木造り像や、神仏習合像に見られる畏怖させる程の厳しい尊容で、吊り上がるように彫られた目筋は鋭く、吊り上り開く鼻翼などどれもが一級の異相に彫り上げられています。


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吊り上がる目、大きく膨らむ尾翼。 唇には彩色が残る


衣紋などの細部を細かく分けてみていくと、非常に繊細に丁寧に彫り込まれているのが分かるのですが、何故かそのどれもが特異で霊威的に見えてくるのが不思議。
何のことはない足先(後補?)ですらその肉厚な円を描く甲や指先にもみなぎる力が見えてくるのです。
飲み込まれるような圧力を持った本当に特異な薬師如来像でした。


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左側面の衣紋表現

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左側面の流れ落ちる衣紋

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右側面に見られる美しい翻派式衣紋

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掛かる衣の重みから弧を描く足の甲から指の美しさ

この素晴らしき薬師如来像をギリギリで拝する事が出来たご縁に感謝しかありません。
と言うのも、お参りさせて頂いたこの直後の11月に、この薬師如来立像は京都国立博物館へと寄託されました。
今後は阿弥陀寺での拝観は叶わず、京博での展示を待つ他ありません。





収蔵庫を後にした次は本堂にお祀りされたご本尊阿弥陀如来坐像を拝観させて頂きます。
鎌倉期の阿弥陀如来坐像。
どっしりと座したお姿は力強く、その胸板の厚さや精悍な顔つきは男性的で鎌倉期のリアリズムが非常によく表れています。
なのに繊細で柔らかな指先の美しさの対比がこの像の持つ魅力を何倍にも際立たさていると思います。



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本堂内陣

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阿弥陀如来坐像 市指定文化財 ヒノキ材 寄木造り 像高86.2cm 鎌倉時代


城陽市の解説によれば、運慶の嫡子 湛慶の作風に近く同時代の相当の実力を持った仏師の作であるとのこと。
凛々しく精悍な顔つきは湛慶工房の特徴か。


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遠くを見つめるような深い眼差しを持った尊容


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精悍な顔つき、堂々とした体躯とは対比的に柔らかで美しい指先



そして脇には膝周りの衣紋が美しく、鎌倉期にも見える(個人的に)十一面観音座像や、破損佛 上人像がいらっしゃいます。
十一面観音坐像は美しいなぁ。
いつの時代の像か明記されていませんでしたが、凛とした美しさはなかなかのもの。


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美しい十一面観音座像

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僧形の破損佛





参考にさせて頂きました
京都府観光協会
京都府観光ガイド




阿弥陀寺(あみだじ)
京都府城陽市枇杷庄大堀14
TEL : 0774-52-0421
宗派 : 浄土宗
御本尊 : 阿弥陀如来
拝観 : 要予約
拝観料 : 志納





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京都府・法雲寺「35年ぶりの里帰り!檀家さんの想いが実った十一面観音菩薩の巻」

昨年(2015年)の6月14日 京都新聞に、35年ぶりに京田辺市の法雲寺に府指定の十一面観音菩薩像が戻られたとの記事が掲載されました。
Twitterでこの情報を知った僕は、是非とも拝観したいと同年の秋に、京田辺市の教育委員会へ拝観の連絡を入れお姿を拝むご縁を頂いてきました。



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十一面観音像はもともと、この地の白山神社境内の 法雲寺に安置されていましたが、明治時代の神仏分離令による廃仏毀釈を逃れる為に近くの西念寺に移されました。
その後 法雲寺は廃寺、その西念寺も無住の寺となり、仏像は村の檀家さんが共同で管理してきたそうです。
しかし、本堂老朽化が進み保存維持が難しくなってきた為、昭和55年(1980年)、京都国立博物館に修復や調査のため預けられました。


守り続けた観音様がこの地を離れて15年(1995年)、歴史ある観音様をこの地に戻そうと決意するも本堂の老朽化が著しく、安置するには不安があったそうです。
そこで檀家さんたちは本堂建て替えの積立を始めます。
15年。
15年にも及ぶ積立です。
本堂を建て替えるための積立は15年にも及び、2013年 ようやく本堂建て替えに着手します。
建て替え着手より1年、2014年に本堂が完成。
これに合わせて寺号も西念寺から法雲寺に戻し、2015年6月7日、同地を離れた十一面観音像が35年ぶりに戻られました。


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15年に及ぶ積立で建て替えられた本堂

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新たな本堂へ運び込まれる十一面観音像 京都新聞より


6月14日の開眼法要には約40人が集まり、戻られた観音様に熱心に手を合わせ、 『やっとこの日を迎えることができ、感慨無量です。心新たにみなさんの気持ちが一緒になればと思う』と喜びを語ったそうです。

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開眼法要の様子 京都新聞より


もう涙がでそうでしょ?
お像を守り続けていくという事がどれだけ困難で地域全体の協力が必要か、この法雲寺 十一面観音像のお話を知るだけでも分かると思います。
地域の仏像を巡っていると、似たような話を聞く機会は非常に多い。
高齢化社会や地域の過疎化、それによって今後の管理の行き詰まり。
仏像が好きで、ただ巡っているだけの僕は何か考えなければいけない。
力になれることを見つけたいと思います。


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戻られた観音像



これでもかという晴天に恵まれた中 お参りさせていただいた十一面観音菩薩立像は、やはり、非常に穏やかで優しく、慈愛に満ちているように見えました。
愛が詰まった観音様を、その愛を詰め込んできた檀家さんとともに拝める幸せは極まるものがありました。


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本堂


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十一面観音菩薩立像 府指定文化財 寄木造り 像高178cm 平安時代後期


スラリと柔らかく立つ観音さま。
正面より眺めると右へと傾いているのが分かります。
この様に傾斜した造形は霊木より彫り出されたとされる事が多いですが、この方もそうであるのかもしれませんね。
平安時代後期の特徴をよく表した穏やかでゆったりと優しさをみせる十一面観音像の腰つきは、緩やかにカーブを描き魅惑的な造形をしています。
右足を踏み出すことで生まれた体重移動の流れが腰に表されていて柔らか。



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伏した目の優しがあふれた尊容


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重力が、腰の左へ、右の膝へ、左足へとゆるいS字を描く


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ヒザ下辺りでひるがえす衣の造形のお洒落感


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踏み出す右足は檀家さんの想いを伝える前進の一歩



府指定 平安時代後期 十一面観音像。
文化財指定といった格付けを超えた想いや魅力、守り繋ごうと生きた檀家さんの信仰と愛着の観音さまに是非ともお会いして頂きたいと思います。






日向山 法雲寺(ほううんじ)
京都府京田辺市宮津白山5
TEL : 和束 毘沙門寺 0774-78-3266
宗派 : 真言宗
拝観 : 要予約
拝観料 : 志納
駐車場 : 有り






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京都府・尊勝院「神々しき地蔵尊の巻」

千本釈迦堂を後にし、京都国立博物館へ「南山城の古寺巡礼展」をじっくりたっぷりと見た後は尊勝院へ向かいました。

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尊勝院は、保延年間に陽範(ようはん)阿闍梨が比叡山横川に尊勝坊を開創したことに始まります。
陽範阿闍梨が横川般若谷に祀られていた元三大師の宝前で修法祈念し霊験を得たことにより、法皇から「尊勝」の号を賜ります。
その後青蓮院三条白川坊の裏に移されたと伝えられています。
応仁の乱により荒廃するも文祿年間に豊臣秀吉によって本堂が再建されます。大正4年には寺地が現在の地へ移転され、その際、建物は本堂のみが移されました。

青蓮院に属するお寺で天台宗。
ご本尊は元三大師、堂内には青面金剛像を祀り「不見、不聞、不言(みざる、きかざる、いわざる)」のいわゆる三猿像があります。

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今回の特別公開ではご本尊のお厨子と地蔵菩薩立像、通称「米地蔵(よねじぞう)」のお厨子が開扉されています。
注目は米地蔵と呼ばれる地蔵菩薩立像で、この像は元は金蔵寺(こんぞうじ)の本尊として祀られており、慈覚大師の御作とも慈覚大師が唐より請来した尊像とも伝えられています。
平安時代後期と思われる作で、量感ある体躯に見事な彩色が残ります。
尊容は摩滅や剥落などでなかなか表情が読み取れませんが、それがかえって霊験を高め神々しい雰囲気を感じさせます。


「昔、粟田の地に貧しい女がいた。その女は熱心に境内の地蔵様にお参りをしていた。貧しさが極まったとき、お地蔵様が米俵を担いで現れ女を救った。」
それ以来、この地蔵様を拝めばお米に困らないと進行され米地蔵と呼ばれるようになりました。

尊像の写真はLINK先へ





尊勝院(そんしょういん)
京都府京都市東山区粟田口 三条坊町70
TEL : 075-541-4574
駐車場 : 無し









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プロフィール

迦楼馬-カルマ-

Author:迦楼馬-カルマ-
仏像の美しさに感動して以来、ひたすらに仏像拝観に明け暮れる三十路街道を走る男の拝観日記。
仏像拝観歴は非常に浅いので間違いも多々あり!日々精進でございます。
僕自身が見て感じた仏像観を記していますので美術史的、仏教学的に誤っていることが多々あると思ので、その時はご教授ください。



訪れた寺社の全てを記事にするととても追いつかないので佛旅速報でまかない本編記事はピックアップという形になっていきます。

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