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奈良県・福源寺「平安の在銘像 定朝様薬師如来と異相の観音菩薩像の巻」

吉野町より延びる国道169号線を川上村へ向かい、川上村役場を超え湯盛温泉 杉の湯を超えトンネル手前を左折し南下すると見えてくるのが福源寺。

白鳳時代の役行者開基と伝えられ、建久元年(1190年)仁西上人が天台宗寺院として中興、お告げにより薬師如来と共に高原の里人と、有馬温泉の再興に尽力。
十二神将を表し、有馬十二坊を建て湯を守りしめたと伝えられており、その後、仁西上人は薬師如来と共に再び高原に遷り、寛文10年(1670)、曹洞宗へと改め現在に至ります。


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本堂


こちらで拝観させていただけるのが重要文化財に指定された薬師如来坐像。
平安時代の在銘像として知られ、像内には応徳2年(1085年)11月仏師僧勝禅大法師との墨書銘、元禄8年(1695年)修理の際には台座に「元有馬薬師之蓮台」と記されています。
この薬師如来像は同じく平安時代の天部像と共に収蔵庫に安置されています。
本堂を抜け、収蔵庫へと向かいます。



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薬師如来を安置する収蔵庫


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薬師如来 由緒書き


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収蔵庫内


ご住職に収蔵庫の扉を開いていただくと、非常に美しい薬師如来像が目に飛び込んできます。
平安時代後期、藤原時代の定朝様を魅せる薬師如来像で、なだらかな肩と全体的に丸みを感じる体躯、大きめでつぶらな瞳と小さく結んだ唇に優しさと美しさを感じるのでした。
衣紋の表現は薄彫りで簡易的、柔らかな全体像と非常に合いますね。
穏やかで優しさを感じる定朝様の仏様ですが一木造り。
一木造りの薬師像は非常に重厚で独特の雰囲気を感じる像が多かったのでここはすごく意外でした。


もともとこの像は神仏分離令が吹き荒れた明治時代に、安楽寺薬師堂から福源寺に移され今日に至っています。
胎内には『藤原宗高大施主。仏師僧勝禅大法師。応徳二年(1085)十一月日」との墨書が見つかっており、台座と光背は、江戸時代元禄八年(1695)と記されています。
十二神将像が装飾された光背は見応えがありますね。


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薬師如来坐像 県指定文化財 カヤ材 一木造り 像高126.5cm 平安時代後期

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愛らしくも感じる瞳と唇の可愛らしさ



薬師像の脇には同じく平安期の天部像。
動きには固さがあり窮屈さを感じる造形ながらも、力強い尊容で重さを感じます。
こういったが天部像はカッコ良くて個人的には非常に好みの像です。
阿吽で対をなし、静と動をその造形から感じることが出来ました。



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吽形天部像 村指定文化財 ヒノキ材 一木造り 平安時代 像高107.4cm
大人しさを感じる吽形像の天部



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阿形天部像 村指定文化財 ヒノキ材 一木造り 平安時代 像高105.9cm
比べて動きがある阿形像の天部




収蔵庫を拝観させていただいた次は本堂へと戻り、本堂内の仏様を案内していただきます。
本堂へ戻って最初に目に入るのは、右脇というより右裏手の諸佛。
文化財的には無指定ですがそれぞれ妖しく美しい。
如意輪観音というのは、その思惟する姿からも妖しさを感じることが多い。
堂々とゆったりと坐しながら思惟し、高貴な雰囲気を感じさせ異国的に感じる美しい如意輪観音。
全体的に破損が進みながらも量感たっぷりの脚部からそこに乗る上半身の衣はどういった表現だったのか気になる菩薩坐像。
驚くほど長い指をした左手の印相や、摩滅して想像するしかない衣紋がより興味をかき立てますね。




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優雅に坐す美しい如意輪観音坐像


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破損が目立つも随所に興味を持たせる菩薩坐像


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如来系の破損佛 頭部が大きく古仏を思わせる





本堂の左脇には鎌倉期とされる観音菩薩坐像と同じく鎌倉時代の二天部像がいらっしゃいます。
がっしりとした大きな肩幅に力強い体躯、太い下半身に切れ長で吊り目の鋭い双眸を持つ非常に男性的で威光ある方です。
平安初期中期の尊容と鎌倉期の体躯のような、平安と鎌倉の特徴が融合した観音菩薩像は見応えがあり、この日めぐる最後のお寺ということもありかなり多くの時間この像の前で過ごしました。

また、脇にいらっしゃる天部像は遠目にも躍動感を感じる鎌倉佛で、近寄ると寄木の継ぎ目が目立ち ぎこちなさを感じる面もありますが、非常に優れた天部像。
大仰にも感じるほどに動きを出した腕の衣や、立ち姿は勇ましく力強く、厳しい尊容の観音像の脇侍としてよく合うように思われました。







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本堂左脇壇


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鎌倉時代の三尊像


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観音菩薩坐像 村指定文化財 ヒノキ材 寄木造り 鎌倉時代 像高98.5cm


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非常に鋭い双眸を持つ尊容


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阿形天部像 村指定文化財 ヒノキ材 寄木造り 鎌倉時代 像高108cm


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吽形天部像 村指定文化財 ヒノキ材 寄木造り 鎌倉時代 像高108cm




ご本尊は福源寺で最も古いとされる平安の釈迦如来坐像。
高い須弥壇にいらっしゃるため、脚部は見えづらいですが太い胸板と瞑想するようなお顔が確認できます。
ふくれたような頬に小さな口が乗り、静かに瞑想する瞳で穏やかなような厳しいような不思議なお顔に見えました。
下から仰ぎ見る拝し方になるので厳しいようにも見えたのか。
下半身や衣紋はなかなか見えないので全体像としては太くてどっしりといった印象でした。




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本堂内陣 須弥壇


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須弥壇上のご本尊


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釈迦如来坐像 村指定文化財 ヒノキ材 寄木造り 平安時代 像高48.1cm




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福源寺 由緒書き



平安時代から鎌倉時代、数多くの文化財を有し見所の尽きない福源寺。
お告げにより有馬の地へ出向かれ再興を果たし戻られたという伝承を持つ、厚い信仰を受ける薬師如来坐像。
奈良県南部をお参りするときは必ず訪れた欲しいお寺です。





参考にさせて頂きました
福源寺 公式HP
川上村役場





福源寺(ふくげんじ)
奈良県吉野郡川上村大字高原902
TEL : 0746-52-0104
宗派 : 曹洞宗
御本尊 : 釈迦如来
拝観 : 要予約
拝観料 : 志納
駐車場 : 有り









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奈良県・清久寺「奈良県南端の阿弥陀如来坐像と密佛の巻」

2016年6月の初めに高野山の南東、和歌山県との県境に位置する奈良県野迫川村へとお参り。
この日最初にお参りさせていただく清久寺へ向かうため、村役場のご担当者様を訪ねご同行していただきました。



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諸佛が安置される現在のお堂


現在は無住のお寺で、仏像が安置されているのは集会場的な建物の中となっており、その奥に格子戸の須弥壇が設けられ村指定文化財の阿弥陀如来坐像と無指定の脇侍 不動王明王立像と毘沙門天立像がいらっしゃいます。
約束の9時よりも早く到着したため、世話方さんはまだいらっしゃらず、先に拝観させて頂きました。
鍵の掛けられた格子戸を開けていただき、そのお姿を間近で拝ませていただけます。

この奈良県南端の地、野迫川村に平安後期の都ぶりのする阿弥陀様がいらっしゃり、またその台座の見事ぶりに驚く。
脇侍像は不動明王と毘沙門天。
天台や真言の三尊形式に多く見られる形ですが阿弥陀様の脇侍でいらっしゃいます。
台座や、脇侍像が当初よりのものであるのかは不明ですが、世話方さん曰く我々が知る限りはずっとこの形でお祀りされてきたとのこと。



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堂内奥に設けられた須弥壇に安置される諸佛


ご本尊の阿弥陀如来坐像は、恐らく後補ではないかと思われる金箔と唇にみられる朱の彩色が残り、また金箔の剥落状態から、その尊容を伺うことは困難ですが、全体的に穏やかでゆったりとされた定朝様を感じさせる都ぶりのする方でした。
大幹部や脚部の方も摩滅感があり痛々しさも感じられますが、衣紋の美しさや全体から発する力は像高以上に感じることが出来ます。
世話方さんが子供の頃は、阿弥陀様の肩によじ登って遊んでいたと、地方のお堂を巡った時によく聞く仏様が身近にあった時代のお話を聞く事が出来ました。



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阿弥陀如来坐像 村指定文化財 寄木造り

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蓮台が多重に重なる見事な台座



脇侍にいらっしゃる毘沙門天立像が個人的に凄く惹きつけられました。
どっしりと固く立つ姿や、目鼻立ちの力強さなど凄く好みです。
文化財的には無指定ですが、僕個人的には無指定であることが不思議なくらいの良佛でした。
両腕などが後補なのか、その他部分も後補が多いのかなぁ。
役場の方も世話方さんもこの像の詳細については分からないとの事でしたが野迫川村で一押ししたい天部像でした
平安仏っぽいなぁ。


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立ち姿に固さが目立つものの力強さがあって良佛の毘沙門天

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ピンボケで申し訳ない この尊容が非常に好き



また同じく脇にいらっしゃる不動明王像のコミカルさ。
三尊とも造形に違いが見え面白い。
全体的に簡易な造りで動きも固く量感も見えない造形であるように感じましたが、その突出したコミカルさは目を引くものがありました。
この様な仏像の造像時期はいつ頃になるのか、ひょっとすれば文化財的な価値が非常に大きいのかもしれないと、地方のお堂の脇侍像や、脇段に安置された像を見るたびに思うところでこの像への興味も尽きません。



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コミカルな尊容を見せる不動明王立像


ご本尊の須弥壇向かって左には神棚が。
神仏習合の本地仏である地蔵菩薩像がいらっしゃいます。
詳細は不明であるとのことでした。
しかしこの地蔵菩薩立像も見ごたえありましたよ。



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ご本尊須弥壇左には神棚が


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非常に簡素な造りではあるものの美しさを感じる地蔵菩薩

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衣紋の美しさが際立つ地蔵菩薩


地方にいらっしゃる仏様の美しさや、その脇にいらっしゃる仏様の素晴らしさ。
文化財的には無指定でも目を見張る仏像は数多くあります。
特に、奈良や京都など文化財の宝庫の地では指定されるべき文化財もその数の多さ故、スルーされていることが多々あります。
奈良のはずれを巡ると心躍る美佛、良佛にたくさん出会えますよ。








清久寺(せいきゅうじ)
奈良県吉野郡野迫川村北股
TEL : 0747-37-2101(野迫川村役場)
駐車場 : 無し(役場方さんと同行で駐車場を確保して頂けました)
拝観 : 要予約
拝観料 : 志納





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迦楼馬-カルマ-奈良県南部を巡るの巻

お久しぶりでございます「ひたすら仏像拝観」中の人、迦楼馬-カルマ-でございます。
突然の久しぶりの更新失礼致します。

先週の休日に久しぶりに母を連れての佛旅、奈良県南部の仏像を巡ってまいりました。
母を連れての佛旅は久しぶりで、巡った仏像は4ヶ寺と少ないけれど非常に充実した一日になりました。


早朝に実家を出発した我々親子は、朝一で野迫川村役場を訪れ文化財課の方に同行して頂き、9時からの拝観をお願いしていた清久寺へと向かいます。
清久寺とはいえ、現在は無住で村の集会所的な趣きの建物に安置されています。
ここにお祀りされているのが村指定文化財 阿弥陀如来坐像。
平安後期の阿弥陀像で、金箔の剥落が痛々しくも見える像容ですが、優しく柔らかに流れる衣紋や穏やかな体躯は定朝様を表しており良い阿弥陀様でした。
脇にいらっしゃる毘沙門天像は非常に素晴らしく、文化財的には無指定ながら非常に目を奪う像。
お目当てだった仏像以外のところで素敵な方に出会うと俄然テンションが上がります。



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次も同じく野迫川村の指定文化財 平安時代の地蔵菩薩坐像と、県指定文化財 鎌倉時代の釈迦如来坐像を、役場の方に同行して頂き拝観してまいりました。
10時の予定でしたが、9時40分頃に到着。
区長さんは既にいらしており、予定よりも早い時間でしたが拝観させていただけました。
地蔵菩薩坐像、釈迦如来坐像ともに衣紋の流れが非常に美しく力強い。
男性的な釈迦如来坐像と、男性的だなと思いながらもどこか妖しく女性的にも見えてくる地蔵菩薩坐像。


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野迫川村を後にし、グッっと移動して吉野郡上川村へ。
お参りさせて頂いたのは徳蔵寺。
本堂に室町時代、宿院仏師 源三郎作の阿弥陀如来坐像と釈迦堂に平安期の釈迦如来坐像がいらっしゃいます。
宿院仏師の阿弥陀如来坐像は本道須弥壇上、ガラス&編み越しの為、かなり見づらく尊容はハッキリとは確認出来ませんでした。
釈迦如来坐像は収蔵庫内(ガラス越し)で拝観させて頂けるのでよく見ることが出来ました。
量感たっぷりの頬に厚い唇の、お顔立ちに特徴が見えるお像で素晴らしかったですね。


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次に向かったのは福源寺。
国の重要文化財に指定された薬師如来坐像をはじめ、村指定文化財6体を有する寺院。
ご住職がノリノリで諸仏の紹介をして下さり非常に楽しい時間を過ごしました。
薬師如来らしく目の大きな方で、衣紋は薄彫りで優しさを感じさせて下さるお薬師さん。
脇侍の天部像は動きは硬いながら力強く凄く好みな天部像でした。


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本堂内には多数の仏像が安置され、村指定の十一面観音菩薩坐像、脇侍天部像をはじめ、無指定ながらも素晴らしい仏像郡がいらっしゃいました。
非常に見応えのあるお寺で大満足でこの日を締めくくるのでした。奈良県南部、恐るべし(ΦωΦ)


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奈良県「仏友と巡る奈良快慶仏尽しツアーの巻き②」

お昼にラーメンを食べてお腹を見たし、向かったのは大和郡山にある洞泉寺。
ここは快慶作と銘が発見されている訳ではなく、いわゆる伝快慶作という来迎阿弥陀三尊像がいらっしゃいます。


洞泉寺周辺は道が細く、一方通行が入り組み車で向かうにはやや不向きであるかもしれませんが、境内前には駐車場もあるので車での拝観も可能です。
周囲の混み合った雰囲気からはガラリと変わり境内は広々として非常に清潔感にあふれ空気が澄んでいるような気すらしてきます。
真新しい本堂へと上がらせて頂き今ツアーお目当ての阿弥陀三尊像を拝観させていただきました。

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きらびやかなお厨子に祀られた来迎の阿弥陀三尊像は伝快慶の形容に違わぬ美しさ。
実際には快慶作というよりは弟子筋の造形だろうと思われますが見事な造形です。
金泥の淡いほのかな金の色合いが衣文の波をより一層に美しく感じさせ、快慶の技法をしっかりと受け継いで昇華しているように感じます。
中尊 阿弥陀如来立像の体を覆う衣文のドレープの金泥の陰影は本当に美しく、それは脇侍 観音勢至の足元の衣紋にも共通します。
両菩薩像の体周りの衣の折り返しや天衣の垂れなどは凝っているものの衣文は簡略化されたようにも見れますが、三尊全体的に非常に整った美しさを見せ来迎しているふわりとした柔らかさが非常に良く表れているように思います。

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また、こちらは阿弥陀三尊像だけではありません。
みんなが喜ぶアフロ様がいらっしゃいます。
そう、五劫思惟阿弥陀像です。
大きな鼻にキュッと結んだ口元、見据えるような厳しい目線はまるでお局様の様。
しかし離れてじっと見ていると凄く優しい雰囲気に包まれた方のように見えてくるのです。

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また、今回洞泉寺を訪れて初めて出会ったお像があります。
洞泉寺には3度目の訪問なんですが以前にはいたのかな?その頃の僕は気にしなかっただけかもしれません。
お聞きするとなんでも天井裏から発見されたとかいう釈迦如来坐像で、両の手先は欠損しているもののキリッとした双眸から印象づける凛々しき表情と、線の数はすくなけれど深く彫り浅く彫るの強弱をつけた衣文表現に惹かれ個人的には大注目させて頂きました。
時代的には鎌倉時代以降だとは思うのですがご本尊の阿弥陀三尊像と時代を同じくするのかどうかは分かりません。
他にも多数の仏像が安置されていますので仏像好きには是非とも訪れて長い時間を過ごして頂きたい寺院です。

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過去の洞泉寺拝観記事



洞泉寺から車で15分、唐招提寺の奥ノ院とされる西方院へ訪れる。
こちらにも快慶作 三尺阿弥陀がお祀りされております。
収蔵庫となる本堂に安置される阿弥陀如来立像は墨書に法眼快慶の銘が見られ、快慶晩年の作と分かっています。
頭体のバランスや体躯の豊かさ、衣文の流れも自然でわざとらしさのない柔らかな美しさ。
表情も精悍さと柔らかさが混在し、快慶の年齢とリンクしているような気がしてきます。
この日一日快慶の仏像を見てきて感じたのは、快慶自身が若かりし頃の像物はその表情は溌剌で力強く、晩年になるに深みと柔らかさが加味されているように感じました。
時代を知って見ているからこそ時代認識の先入観でそう感じているだけなのかもしれませんが、非常に面白く感じながら拝観するのでした。

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過去の西方院拝観記事




そして醍醐寺展。
今ツアーのきっかけとなる奈良国立博物館で催されている特別展です。
京都 伏見の醍醐寺の名宝が大集結した展覧会で中でも個人的にもツアー的にも大注目なのは、現在 拝観が停止されている醍醐寺三宝院ご本尊 快慶作弥勒菩薩坐像がお出ましとなっている事です。
拝観が可能であった時でも堂外より望む形での拝観であったのが、今回はガラス等の仕切りもなく間近より拝観できる環境での展示とあって興奮の度合いがハンパじゃないです。
ご覧になられましたか?金泥に施された見事なまでの神々しさを。
照らされる灯りによって潤む慈悲深き双眸を。
密教の経典や儀軌は正直全然知識がなく無知ではございますが、この弥勒像から伝わる救いの眼差しと感じる尊容はどうでしょうか。
救いを求める衆生が仏教の経典を読んだでしょうか?教えを実践してきたのでしょうか?
おおよそほとんどの救いを求める人間は知らなかったはず。
そんな人をも経典なくして仏の尊さ、仏教の教えを伝えんとしたものが仏像であるならば、これ程までにその意味を成す仏像は他にはないのではと胸に込み上げる感動を押し鎮めながら考えるのでした。

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飲み込まれるような快慶 弥勒菩薩像の威光尊さに心を震わせながら、心より吐き出される安堵のため息を一つ。
この日一日の仏像拝観を終了し、ビストロ中華 へいぞうで打上げへとなだれ込むのでありました。
この日は、高級魚のどぐろが入荷しており、刺身に焼き身とねっとりとした脂の旨みと口中に広がる甘みを堪能させて頂きました。
鉄板のカルパッチョや蒸し餃子は言うまでもなく、見仏の締めはへいぞうさん!これ間違いないですね。
仏友さんと奈良の快慶仏を巡り、へいぞうさんで美味しい料理とお酒で酔いしれる。
これ以上の幸せがあったら教えて下さい(笑)
素晴らしき一日をありがとうございました。


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奈良県「仏友と巡る奈良快慶仏尽しツアーの巻き①」

9月3日。

この日は奈良国立博物館で催されている「醍醐寺展」を訪れるべく関東から遠征してこられた仏友さんを迎え、醍醐寺展の目玉である三宝院 快慶弥勒菩薩にちなみ丸一日快慶尽しにしようと計画。
関西の仏友さんもお誘いし奈良の快慶仏を巡るツアーを行いました。



朝の9時に桜井駅に集合し最初に向かったのは安倍文殊院。
国宝に指定された渡海文殊像の拝観です。
過去に何度も訪れていますが国宝に指定されてからは初の参拝で気持ちがかなり高揚していました。
関東から遠征してこられた仏友さんも大の快慶好きとあり、しかも一発目にあの文殊菩薩ですから興奮しないわけがございません。
御抹茶の接待を受けていよいよ渡海文殊群とご対面です。


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もう4度目か5度目の拝観ですが、本堂内へと入り飛び込んでくる渡海文殊像群を目にした時の感動は一向に薄れることがありません。
これ程の迫力を持って迎え入れてくる空間は他にないんじゃないかな?
博物館等の特別展で展開される仏像群の迫力にも引けを取らない物凄いオーラを文殊院の五尊像は放っております。
文殊菩薩騎獅像のカッコ良さは見事としか言いようがなくこの方以上にカッコイイ仏像なんてないでしょ?と何故か自慢したくなる。
誰に自慢って僕がお会いしているこの瞬間に、文殊様にお会い出来ていない全ての仏像好きに対してです(笑)
頭体のバランスや甲冑、衣の造形美など快慶にしか彫れないと思えるほどの美しさ。
もう絶賛する言葉をいくつ書き連ねても全然足らないほどのお方です。


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脇侍四像も素晴らしいのです。
先導する善財童子の豊満な頬に純真な瞳、風を感じる衣の運びに躍動感あふれる動作と、運慶の八大童子像にも負けない見事さです。
美しさという点では快慶の右に出る仏師はいないでしょう。
優填王像の尊容も厳めしく大迫力で、甲冑は文殊菩薩と同じく細部にまで彫り込みを加えられ本当にカッコイイ。
全体を通してみても風の動きが計算されたようにそれぞれのお像の衣がなびき、これら五尊の大パノラマはとてつもない感動を僕たちに与えてくれました。


安倍文殊院 渡海文殊像群




この日の1寺目にしてピークが訪れたような衝撃を受けながら次の目的地は田原本の安養寺。
こちらの収蔵庫には快慶仏として最も多く残る像高100cm前後のいわゆる三尺阿弥陀像が安置されています。
像高は81.4cm、三尺というにはやや小さいですが足ほぞに「巧匠安阿弥陀佛」という墨書が残されており快慶無位時代の像である事がうかがえます。
切れ長でやや吊り目で頬の張りも力強い。
衣文表現は美しく、まさに流れるようなという表現がピタリとくる見事なもの。
脇には同じく鎌倉時代の作とされる観音菩薩勢至菩薩像が。
両脇侍に関しては快慶作であるとはされていませんが、寺伝によれば当初より一具でいらしたとの事。
元は川向うにあった浄國寺のお像であったそうですが、廃寺となった折にこちらへ客仏として招かれたそうです。
写真で見るよりも実仏の素晴らしさは段違いです。
是非とも目の前でこの阿弥陀像の美しさを感じてもらいたいですね。


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また、本堂には桃山時代の作であるご本尊阿弥陀三尊像がいらっしゃいます。
この日はご住職御不在で堂内へは上げて頂けないとの事でしたが、堂外よりガラス戸超しにへばりついて見ていると見かねた奥様が本堂内へと上げて下さいました(笑)
ご迷惑になってしまったかと思いましたが、一同大喜びで堂内へ。
脇侍の観音勢至は片膝を立てた前傾姿勢で来迎する形式。
非常に美しい阿弥陀三尊像で快慶阿弥陀なくしても、このご本尊をお参りするために安養寺を訪れるのも全然ありです。

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過去の安養寺拝観記事






続く3寺目は安養寺から車で10分ほどの光林寺。
川西町安田にある浄土真宗の寺院で曽我川沿いに建ちます。
境内前に駐車場はありますが道は狭く停めれるのは数台ですので、光林寺北側の川沿い交差点に停めれれば停めるのがいいかも。
今回の拝観でもそこへ停めて光林寺さんへと向かいました。

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内陣奥の金色のお厨子に祀られた快慶 阿弥陀如来立像は1221年の銘があり晩年の作。
お厨子の扉は前だけでなく左右も開かれ間近へと寄って拝観させて頂けます。
安養寺像よりも衣文の表現は柔らかとなり若干ではありますが捻りや折り返しが加味され装飾性が増す。
尊容も溌剌とした若々しさがあった安養寺像よりも幾分落ち着いた雰囲気で造像当時の快慶の年齢も影響しているのだろうか。
流れ出す衣文や来迎印を結ぶ指のしなやかな美しさはため息物の美しさでたまらない。
左右からも見れることから、お腹周りの量感に巻き付くように流れていく衣文、肩口や腕から流れ落ちていくような衣紋が非常に良く見て取れます。
神々しさのある見事な阿弥陀様でした。

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過去の光林寺拝観記事




この後はお昼となり次の目的地洞泉寺の側にあるラーメン屋さん「むっしゅ亭」へ。
こちらで魚介のつけ麺を頂き昼からの見仏へと備えるのでした。


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プロフィール

迦楼馬-カルマ-

Author:迦楼馬-カルマ-
仏像の美しさに感動して以来、ひたすらに仏像拝観に明け暮れる四十路街道を走る男の拝観日記。
仏像拝観歴は非常に浅いので間違いも多々あり!日々精進でございます。
僕自身が見て感じた仏像観を記していますので美術史的、仏教学的に誤っていることが多々あると思ので、その時はご教授ください。



訪れた寺社の全てを記事にするととても追いつかないので佛旅速報でまかない本編記事はピックアップという形になっていきます。

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